”サードプレイス”って知ってますか?サードプレイス的なTwitterの存在について考えてみた

「サードプレイス」って言葉、知ってますか?自分らしい時間を過ごすことができる第三の場所のことを指す言葉です。スターバックスはサードプレイスになり得るか?といった議論がありますが、みなさんはサードプレイスを持っているでしょうか?

今回は、私が個人的に考えたサードプレイスの必要性と、サードプレイス的Twitterの存在について考えていこうと思います

そもそも「サードプレイス」とは?

まず、「サードプレイス」という言葉を初めて聞いた方もいると思うので説明します。

サードプレイス(第三の場)は、「居心地の良い、自分楽しいれる場所」。「第一の場」と呼ばれる家庭、「第二の場」である職場とは違う場所を指します。具体的な例はカフェ・クラブ・公園など。アメリカの社会学者、レイ・オールデンバーグが『ザ・グレート・グッド・プレイス』の中でその重要性を説いています。

私は大学で社会学を学んでいるため、サードプレイスの概念を議論する機会がありました。自分の中に留めておくだけでなく、もっと多くの人に知ってほしいと思い、記事のテーマに選ぶことにしたのです。ストレス社会の現代だからこそ、こうしたサードプレイスの存在は必要だなとひしひしと感じるからです。

また、サードプレイスは2つの種類に分けられるといいます。1つは、他人の目を気にせずに、1人でのんびりと過ごすことができる場所「マイプレイス型」。もう一方は、様々な人々と気軽に交流することができる「交流型」です。

日本では、自分の部屋がサードプレイス的存在と回答する人が多いそうですが、皆さんはどうですか?確かに、自分の部屋って落ち着きますよね。

今までの人生を振り返ってみて、一番自分らしく過ごせた場所やコミュニティはどこだったのか、考えてみると面白いかもしれません。これは就活の自己分析にも使えそうですね。

サードプレイス

今の時代に必要なサードプレイス

サードプレイスは人それぞれ違っていて当たり前。サークルがサードプレイス的存在だったと話している友人もいて、色々な人に話を聞いてみると面白いなと思いました。

私のサードプレイスは、どこだろう?考えてみると、意外と思いつかず、私は家庭でも学校でも仕事でも、どこか自分を繕っているなと…今は新型コロナウイルスの影響でさらにそういう交流の場が減っているのかもしれません。

一昔前、昭和の時代は、地域のみんなが家族のようなコミュニティが広がっていました。自分らしくいれたかどうかは不明ですが、商店街や喫茶店などサードプレイス的な存在は多かったのではと思います。しかし今は、自宅と会社を往復して1日が終わってしまう、もしくは1日中パソコンと向き合っているなんてことも。心が疲弊してしまう人も増えているのではないでしょうか?今の時代だからこそ、サードプレイスを意識することに価値があるのかもしれません。

在宅ワーク

Twitterはサードプレイス的な存在?

個人的な意見ですが、Twitterはサードプレイス的な存在として活用できるのでは?と思いました。私は大学2年の秋から”かこ”としてTwitterを活用し始めました。Twitterは文字ベースで、様々な人とコミュニケーションを取る場として使っていたので、リアルなコミュニティではないですが、オンライン上のサードプレイス的存在です。そして不思議なことに、リアルな人間関係を築いている人(家族や友人)よりもTwitterで知り合った人の方が、私のことを知っている、理解しているなんてことも。それは、Twitterを通してその人の考え方、性格がにじみ出てくるからだと思います。Twitterの使い方次第ですが、SNSでもリアルと同程度の人間関係を築くことは可能かもしれません。

今は、趣味のTwitterアカウントを楽しんでいますが、趣味ってリアルな人間関係だと理解してくれる人がなかなかいないので、Twitter上でのコミュニケーションが一番自分らしくいれるのではと思ってしまうほどです。一度も実際に会ったことはないし、年代も様々な人たち。それでも、自分らしくいれる居場所があるのって嬉しいですね。

果たしてこれをサードプレイス的存在と判断できるのかはわかりませんが、コロナ禍の今はオンラインでもサードプレイス的存在をつくることは、アリなのではないでしょうか?みなさんも、サードプレイスを一度考えてみてはいかがでしょうか?