喧嘩をするということ。深いコミュニケーションを取ることから逃げている人たち

”喧嘩”。正直、私はすぐに人と喧嘩をしてしまう性格です。さすがに大人になった今は成長しましたが、いつも友達と喧嘩をしている子供でした。

でもよくよく考えてみると、それは決して悪いことではなく、深い人間関係を築くために必要なコミュニケーションだったのです。今回は、喧嘩から見るコミュニケーションのお話です。

幼少期、喧嘩ばかりしていた

私は物心ついた時から、負けず嫌いな性格も相まって友達と喧嘩ばかりしていました。意識して喧嘩をしていたわけではないのですが、いつも友達と喧嘩をして親を困らせていました。幼稚園の時には友達を泣かせすぎて、友達が同じ通園バスに乗りたくないとなり、バスを変更するほど大騒ぎに。

その後も小学生、中学生の間は気性が粗かった自覚があります。当時の男子友達からの手紙には、掃除の時間に私に追いかけられていたことが書かれており、男子からも怖がられる存在だったようです。同じように喧嘩ばかりしていた人っているのでしょうか?

最近、昭和の人情を描いた映画『男はつらいよ』を全話観たのですが、主人公の寅さんはすぐに喧嘩します。でも周りの人と仲が良い。なんだか、その映画を見て自分が肯定されたような気持ちになりました。

私たちはインターネットが当たり前にある社会で育って、コミュニケーションも対面ではなくオンライン上が多くなっています。そのため、人と対面で喧嘩をするという機会自体減っているのではないでしょうか。

私の周りで、私みたいに喧嘩ばかりしているという人はあまり見かけません。昭和の時代には当たり前だった喧嘩も、平成、令和の時代においては普通ではなくなってきているような気がします。

狭く、深く。人間関係に求めるもの

私が人間関係に求めるものは、狭く、深い人間関係。あくまで自論ですが、表面的に多くの人と付き合うのではなく、一人一人と深く向き合った人間関係を築きたいなと思っています。なぜ、そのように考えるようになったかは私が育った背景が関係しているような気がします。幼少期に人間関係の厳しさを目の当たりにしたんですね。

自分と違う人間と深く付き合うためには、深いコミュニケーションが必要です。そのためには、喧嘩は避けて通れないものだと思います。

「喧嘩するほど仲が良い」という言葉がありますが、本当にその通りだと確信しています。お互いの本音をぶつけ合ったら、冷静にいられるわけがない。もし喧嘩をして、お互いに疎遠になってしまうのであればそれまでの関係。でも、喧嘩が大事なのではなく、喧嘩をした後の話し合いが大事なのです。

喧嘩を通してお互いの本音を言い合い、話し合いを通してお互いの気持ちを理解し合うのが理想の形。友達と喧嘩ばかりしていた自分が嫌になったこともあったけれど、深い人間関係を築けているということに気付いてからは、喧嘩が上手くなった気がします。

恋愛で喧嘩、話し合いは必須

喧嘩は、恋愛でも必要。「私たち、全然喧嘩しないの」と自慢しているカップルがたまにいますが、話し合いが上手くできているか、喧嘩を避けているかのどちらか。

私は長く付き合っている彼氏とは年中喧嘩をしていました。でもそのおかげで、今はお互いのことを一番に理解できるし、少し喧嘩をしても怖くない。お互いの喧嘩の対処法を知っているからです。

普段全く喧嘩をしないカップルが一度の喧嘩で破局するきっかけに、という事例をいくつか見てきました。体力を使う喧嘩は極力しないことが望ましいと考えるかもしれませんが、お互いの本音をしっかりとぶつけ合わないと、不満が蓄積し、爆発してしまう日が訪れてしまうかもしれません。

長続きの秘訣はと聞かれたら、喧嘩、つまりお互いの本音をさらけ出して、話し合いをきちんとすることが大事と答えています。

喧嘩を避ける人たちが増えているのでは

「自分の本音を相手に言うのが怖い、めんどくさい」という友達の意見も聞きます。本音を言って受け入れてくれるかが怖い、また、話し合いにエネルギーを使うことがめんどくさいというのです。

でも、全く別々の人生を歩んできた人と、何もしないで仲良くなれるわけがなく、お互いの本音をぶつけ合うことがどこかしらで必要になってくると思うのです。

しかし、周りの友達の意見を聞いていると、喧嘩や話し合いを避けている人も多いのかなという印象を抱きます。コミュニケーションの場がオンライン上になったり、便利になっていく社会では、人間同士の本音をぶつける場も少なくなっているのでしょうか。